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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

記名捺印。

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記名捺印。





魔物を相手に戦う公式冒険者の集団、
所謂個人ギルドの一つであるZempことZekeZeroHampは、
現在大陸西部に位置する大国、
フォートディベルエの首都シュテルーブルに所属している。
彼らが集団生活を行うギルド寮の居間で、
マスターのフェイヤー・ヤンは、
若干二日酔い気味の頭を押さえながら、ロッキングチェアを揺らしていた。
通常であれば居間には一人か二人、
メンバーの誰かがぶらついているのだが、
今日はどういう訳か彼だけで、
自分で淹れた暖かいお茶を少しずつ飲みながら、
フェイヤーは久しぶりにお気に入りの椅子でのんびり寛いでいた。

このロッキングチェアは確かに彼のものである。
しかし、ギルドメンバーや、居候などに多々横取られ、
所有権を主張しても顧みられることはない。
最近、自分の扱いが悪いのは、やはり、周囲の制止を無視して、
飲み過ぎているせいだろうか。
少なくとも、ギルドマスターともあろうものがメンバー全員より、
「アル中」と認識されている状況は、問題であろう。

「血液の3分の2がアルコールで出来ている。」
サブマスターのユッシが断言する通り、
フェイヤーは無類の酒好きである。
毎晩の晩酌は欠かさないどころか、
放っておくと際限なく飲み続けるので、
メンバー全員の不評を買っている。
それでも5名程度の小規模ギルドだった時は程々に見逃されていたのだが、
人数が増えた今となっては、そうは問屋が卸さない。
特に家計という名の共同費を預かる女性陣が手厳しい。
健康や仕事にも悪いと酒類枠はどんどん縮小され、
今や正式に食卓にあがるのは、夕食のビール一杯のみだ。

勿論、それで足りるはずがなく、昨晩は外へ飲みに出かけた。
その結果、飲み過ぎた。
今回は翌日が休みであったから良いものの、
つい一晩中飲み続けて、次の日の予定をすっぽかしてしまったり、
酔った弾みに物を壊したり、部屋を汚して、
メンバーに迷惑をかけるのは、やめるべきだろう。
現在、ギルド寮には居候が連れてきた幼い子供が定住しており、
彼女がちみちみと歩きまわる中で、
酔っぱらいがひっくり返っているのも、教育上よろしくない。
でも、やっぱり、晩酌が少ないのは寂しいのだ。

「まあ、禁酒とは言わず、減酒?
 休肝日とやらを作るべきなのは正しいんだろうねー
 でも、ついつい飲んじゃうんだよなー」
誰に言う訳でもなく呟いて、大きく息を吐く。
このまま、目を閉じれば体調の悪さも相まって寝てしまいそうだ。
さりとて、こんなところで毛布も掛けずに寝たら風邪をひく。
自室に戻るべきかなどと考えていた彼の耳に、
トットコトットコと、小さい足音が転がり込んできた。
薄目を開ければ予想を外れず、小さなキィの姿が目に入った。
ギルドメンバーの一人を頼って、
父親と一緒に居候している幼児は、
迷うことなく自分のところにやってきて、
当然のように椅子の上に乗り込んできた。
そしてそのまま、どすっと勢い良く、フェイヤーの腹の上に座った。
「うっ!?」
公式冒険者として魔物と日々戦い、
心身鍛えているとはいえ、思い切り油断しているところに、
腹に一撃を加えられれば、全くの無傷ではいられない。
挙句、キィは平然と幼児用せんべいをぼりぼり食べ始めた。
白い粉くずがフェイヤーの服の上に散らばる。

「ちょっときいたん、お兄ちゃんのおなかの上に載らないでよ。
 それにお菓子ボロボロ零さないで。」
キィは幼い見かけによらず賢い。
行儀が悪いと叱れば、ちゃんということを聞くのだが、
今日は注意されても全く気にする様子がない。
それどころか、何の気負いもなく自らの正当性を主張した。
「いいんだよ。」
「何がいいの。よくないよ。
 おなかの上に乗ったら痛いよ。」
ちょっと予想外の反応にフェイヤーが驚くと、
キィは同じ言葉を繰り返した。
「いいんだよ。
 だって、はんこがあるよ。」
「ハンコ?」
妙な主張にフェイヤーは首をかしげた。
「きいたん、ハンコって何だい?」
「これだよ。」
質問に幼児はポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出した。
「はんこがあるから、きいたんは、
 おにいちゃんのうえにのってもいいんだよ。」

手渡された紙を見れば、幼児が書いたのではない、
きちんとした文面で作られた念書であり、下記のように書かれていた。
『私、フェイヤー・ヤンは、
 お腹の上に乗られても、文句を言いません。』
挙句、きちんとフェイヤーの個人印が押されている。
「なんだい、これ?」
個人契約には直接署名が一般的であるが、
東洋生まれであるフェイヤーは印鑑を使う。
単なる確認にも使用するが、
公的な書類に使うこともあり、
どの道、他人が勝手に使うものではない。
「きいたん、駄目だよ。
 このハンコは、おもちゃじゃないよ?」
思わず注意したものの、
幼児は今一つ納得していない模様だ。
「きいたん、なんにもしてないよ。
 おにいちゃんから、もらったんだよ。」
「そうだろうね。」
個人印は普段、戸棚の奥にしまってあり、
キィには手が届かない。
別の誰かが関わっているに違いなく、
何も知らない幼児の不服はもっともであろう。
一体、誰の仕業だと、フェイヤーは眉間に皺をよせた。
「きいたん、誰に貰ったんだい?」
「ふぇいおにいちゃんだよ。」
「…僕かい。昨日かな?」
「そうだよ。うるさいから、きいたん、おきちゃったんだよ。
 そしたら、おにいちゃんがくれたんだよ。」
「そっか、じゃあ、しょうがないね。
 あと、10秒したらどいてね。
 それから、この紙はもう使ったから、これでお終いね。」
「いいよー」
「じゃあ、数えるよ。
 いーち、にーぃ、さーん、しーぃ…」
一先ず、十を数えて幼児をのかしながら、フェイヤーは考えた。
犯人はまさかの自分であった。
昨日貰ったと言うのであれば、
明るいうちにそんなことをした覚えはないから、
飲んで帰った後に違いない。
しかし、一体、何があったであろうか。
うん、全く覚えていない。

酔っぱらって、あれこれやらかしたことは一度や二度ではないが、
流石に印鑑は不味すぎないか。
それに、昨晩はキィの他にメンバー達がいたはずである。
どうして誰も制止してくれなかったのだろうか。
「うーん、昨日は、どうだったっけかな…」
あごを抑えて首をかしげて悩んでいたら、
ちみちみ何処かへ行ったと思ったキィが戻ってきて、
フェイヤーの組んだ足をパシッと叩いて戻させた。
そしてそのまま、再び膝の上にどしっと座る。
幼いキィの体重など知れたものだが、
勢いつけて座られるとそれなりにダメージを食らう。
「きいたん、降りてちょうだいよ。」
「いいんだよ。」
「よくないよ。ハンコはもう使ったでしょ。」
「まだ、あるよ。」
「…見せてちょうだい。」
再び手渡された紙は、やはり似たような文面と捺印で、
フェイヤーは額を抑えた。
これは非常に嫌な予感がする。

『けどなあ…』
個人印はこの国では一般的ではないが、
署名と同じく、承諾、意志証明の代わりとなる大切なものである。
誰かが勝手に触って良いものではないし、
直ぐに原因を突き止め、解決に動くべきであろう。
だが、それ以上に引っかかる。
念書の内容は金銭の支払いや権利譲渡など、
緊急性の危険を含んだ内容ではないし、
持っていたのもキィであり、無視しようと思えばできなくもない。
けれども「何か」を感じるのだ。
これに逆らってはいけない。
そんな本能的な服従の必要性を覚えずにはいられないのだ。
何より、この字は見たことがある。
「さて、何処で見たんだっけ。
 それときいたん、お菓子は溢さないでちょうだい、お願いだから。」
フェイヤーは独り言ち、そのままキィを注意した。

そのあと、メンバーに聞き込みを行ったが芳しい成果はなく、
代わりに同じ様な捺印済みの念書で、
フェイヤーはお菓子を食べ損ね、買い出しを手伝わされ、
風呂場を掃除させられた。
詳しい説明は誰もしてくれなかったが、
回数を重ねるごとに、段々分かってきた。
「ユーリさん、この契約書っていうか、念書なんだけど。」
ギルドメンバーの一人、リーネ・ユーリア・フォン・ヴォルフの前に立った時、
フェイヤーは半ば確信していた。
これは彼女の仕事だ。
そう考えれば、メンバーの口が重かったのも分かる。
ギルド、いや国一番の美女であり、
メンバーの食を預かるユーリと事を荒立てたがる愚か者は当ギルドに所属していない。
そもそも、よく見ればこの綺麗な文字はユーリのものだ。

「これ、何?」
「ああ、それね。」
予想を外れず、フェイヤーの質問に対し、
事もなげにユーリは答えた。
「昨日の夜、帰ってきた時、あまりに酔ってるし、
 ちょっと酷いんじゃないのって言ったの。
 そしたら、フェイさんがお詫びに何でもするって言うから、
 念書を取らせてもらったの。」
さりとて酔っ払いに文字が書けるはずもなく、
代筆の上、捺印を取ったとのことだ。
「後半、嬉々として判子押してたわよ。
 無理強いさせたんじゃないって証拠映像もあるけど、見る?」
そう言って彼女が見せてくれた撮影内容は酷いものだった。

『フェイさん、これもいいかしら?』
『いいよー! もう、幾らでも押しちゃう!
 はんこ、ぺったぺったんー ぺったぺったんー
 ぺったぺったんー ぺったぺったぁんー あはははは!』
「あ、御免なさい、もう良く解りました、止めてください。」
非常に迷惑そうな周囲をよそに、
ゲラゲラ笑うご機嫌な自分は、
それこそ素面では静止できない有様で、
フェイヤーは途中で停止を懇願した。

「まったく、あれほど飲み過ぎないでって言っているのに。
 限度を弁えないから制限をかけられるんでしょう?
 そもそも連絡もなく、夕飯にも戻らないで。
 マスターとしても、大人としてもどうなのかと思うわよ。」 
「はい、すみません。申し訳ないです。」
毎晩、人数分、夕飯を用意してくれるのは、
飽くまでユーリの好意であり、
お互いに強制すべきものではないとはいえ、
無下に扱われれば気分がいいはずもないし、
連絡がなければ心配もする。

しかも、この手の騒ぎは一度や二度ではない上、
当人に自覚があるのに尚、改善しないとか、
そりゃまあ、いい加減怒られるわ。

書面から滲み出ていた威圧と、表に出さないユーリの心中を察し、
フェイヤーは恐る恐る尋ねた。
「それで、この念書って、あとどの位あるのかな?」
「そうね、大体この位だったかしら。」
ユーリが指で示した厚さは結構なもので、
フェイヤーは軽く気が遠くなるのを感じた。
「あのさ、それ、何とかならないかな?」
「無理ね。何せ、判子があるから。」
そういって、他のメンバーと同じく、
ユーリが差し出した念書には、きちんと記載されていた。

『本日作成した念書に関して、
 後日、変更の要望、不服の申し立てなどは一切行いません。』
更に念入りなことに、契約不履行時の制裁も記載されていた。
『もし、念書の内容に従わないなどの違反を行った場合は、
 ルーに本気で咬まれても文句は言いません。』

因みにルーはキィの動く子犬なぬいぐるみだが、
中身はちょっと口外できない何かである。
月や太陽をも飲み込むアレに本気で咬まれたら、
どう考えても無事では済まない。
「えーっと、これさ、あのさ、
 ちょっと流石にどうかと思うんだけど…」
「ルー? ちょっと、こっちに降りてらっしゃいー」
「え、いや、そういう意味じゃなくて…分かった! 分かったから!」
大好きなお姉ちゃんに呼ばれて、
階段からぬいぐるみが駆け下りてくる音と、
「悪い子は、おしりをガブッ! 悪い子は、おしりをガブッ!」
等と、楽しげに騒ぐ声を聞いて、フェイヤーは臀部を抑えた。
ガブッじゃ済まない。絶対済まない。

「じゃあ、そういうことで。」
「はい、わかりました。」
会話の終了に承諾を示して、フェイヤーは深く肩を落とした。
凹むギルドマスターに、呆れた様子でユーリが言う。
「大丈夫よ、念書を作るとき、色々意見が出たけど、
 『臓器を売る』とか、『マグロ漁船で働く』とか、危ない案は除いたから。
 大人しく、一件ずつ対応してください。」
除く以前に、そんな案、出したのは誰だ。
兎も角、飲み過ぎも無暗な捺印も、行ってはならないのである。

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